アドラー派のカウンセリング(問答例)


 アドラー派のカウンセリングがどのようなものか、問答を掲載します。

 問答をご覧になる前に、以下のカウンセリングの要点(1~6)をお読み頂くと、より理解しやすいでしょう。

 

1.相談に対して具体的、指示的である

 身近な人間関係/子育ての悩みほか、職場の上司・グループ(≒共同体)に対する悩みなどについて、その捉え方や改善案が「実際に使えるもの」として導き出すためです。

 ただし、初めのうちはラポールの形成のためにも傾聴的です。
 ⇒相談者(クライエント)の悩みを黙って聴き肯定しても、相談者の現実は何も変わらないという考
え方

 

2.協力しながらよりベータ―な方法を探る

 現況が主観的にも客観的にもどのようなのかを把握し、どの方向へ行きたいのかを明確にしていきます。その問題の中に自分独特の拘りがどのように影響しているのかを考えます。そして、問題の改善のために何ができるのか、ということを相互に協力しながら探っていきます。
 ⇒クライエントとカウンセラーの相互尊敬・相互信頼をベースにした仲間として対等な関係

 

3.相手との関係性を考える

 自分、または相手の不適切な言動(≒問題行動)が何のために行われているのかを考えます。

 ⇒行動の相手と目的の明確化

 

4.カウンセラーは強制をしない

 見い出せた複数の改善方法をどうするか(採否)は、自分で決めます。

 ⇒最終的に自分が納得して自己決定

 

5.自分の対応(または考え方)を変える

 相手を変えることはできません。変えられるのは自分のことだけです。うまくいく場合も、そうでない場合もあります。その時は、別のアプローチを模索します。

 ⇒トライ&エラー、失敗は学ぶチャンス、チャレンジの証


6.チャレンジの具体的なプランによって勇気を持って帰る

 もし、チャレンジしなければならない具体的なプランが自分の側に糸口(改善・変革)として見いだせた場合、それは自分の理想とは別の「嫌な自分(≒認めたくないもの)」かもしれません。嫌な自分を受容するしかないのです。これはとても苦しいことです。

 アドラー派のカウンセリングでは、それを受け入れる勇気をつけていきます。自分は、自分以外の何者でもないのです。自分は一番の味方です。自分を嫌いなうちは自分を味方にできません。勇気づけられ、自分を受け入れられれば、たとえ目の前の問題が大きく変わらなくとも別の見方ができ、対応を変えていくことができます。

  ⇒勇気づけ、自分自身を味方にする


事例「大きな声を出して怒る上司についての相談」

 

*実際のカウンセリングを元に、一部修正、加筆、省略をしてあります。
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ク=クライエント(相談者)、カ=カウンセラー

 

ク「職場の上司は何かにつけて威嚇するようにものを言うんです。それに(上司は)思い通りにならないとすぐ大声で怒るので、怖くて緊張して仕事でミスするようになって.。なんか、もう仕事そのものも怖くなっているんです。最近は、職場に行くのが凄く嫌になってます。・・・」

    

   ・・・ 途中、略 ・・・


カ「大きな声を出されたとき、いつもどういう対応をしていますか?」

ク「大きな声で言いたい放題言われるので、オドオドして何も言えなくなります。」

カ「そんな時はどんな気持ちですか?」

ク「早く嵐が過ぎてくれないかな、
という気持ちです。」

 

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解 釈

「言い返さない」「オドオド」という対応が「大きな声で言いたい放題」という相手の言動を継続させていると見立てます。
 相手を「嵐」と思っているので、何かを言われる前から身構えていることもわかります。
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カ「今までに、大きな声を出す人とか暴言を吐く人が身近にいませんでしたか?」

 

ク「そう言えば、お父さんがそうでした。子どもの頃はいつも父に何を言われるかビクビクしていました。」

カ「今の状況と比べてどうでしょうか?」

 

ク「ああ、なんか似てますね。」

 

   ・・・ 途中、略 ・・・


カ「その時に戻れたとして、あなたはどうしますか?」

 

   ・・・ 沈黙 ・・・

 

カ「例えば、あなたがもしお父さんに言いたいことが言える状況だったら、何て言いたいですか?」

ク「怒っている時はヤッパリ言えないから、怒ってない時に(やっぱり怖いけど)『怖いから大きい声を出さないでほしい。いつもビクビクしていなければならない(そんな)家の中は嫌だ。』って言いたいです。」

カ「お父さんが怖かったんですね。じゃ、怖い人ではなくなって欲しいのですね。」

 

ク「はい・・・」

 

カ「怖くない、どんなお父さんになって欲しかったんでしょうか?」

 

ク「優しいお父さんでいて欲しかったなぁ・・・もしそうだったら、色々話せたと思う。お父さんを基本的には尊敬していたし、普通に話したかったです。きっと、もっと楽しかったんじゃないかなぁ、お父さんと居るの。」

カ「そうですか。
ところで、今の上司に対しての気持ちはどうですか?」


ク「ん~。同じかなぁ・・・同じみたいです!」

 

カ「同じですか。もしかして、何か気づきましたか?」

 

ク「そうですね・・・」

 

・・・しばらく、考え込む(何かを噛みしめるような様子があった)・・・・

 

ク「私、お父さんと仲良くしたかったんです。お父さん、なんか不器用で。色々してあげたいこともあったし、相談にも乗って欲しかったし・・・でもすぐ怒るから、近づけなかった。悲しかったです。」

 

カ「そんな思いがあったから、怖いお父さんと上司が重なってのかもしれませんね。」

 

ク「そんな気はします。」

 

カ「上司ではあっても、毎日、同じ職場で働くわけですね。」

 

ク「ホント、そうです。」

カ「それで、どうなりたいですか?」

 

ク「仲良くとはいかなくても、ビクビクしないで付き合える関係になりたいです。」

カ「ビクビクしないで気持ちよく付き合えれば、それに越したことはないですよね。」

 

ク「はい。」

 

カ「(上司に)どんなふうにして貰えたらビクビクしないで済むと思いますか?」

ク「大きな声でなければ・・・」

 

カ「大きな声が嫌なんですね?」

 

ク「そうなんです。そういえば幼稚園の時、近くで友だちと遊んでいたらその子のお兄ちゃんが爆竹を、面白がって鳴らしたんです。ホント、ビックリしちゃって、私。怖くてそこから動けなくなっちゃったんです。あんな大きい音、大嫌い!」

 

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解 釈

 10歳くらいまでの(習慣的でない、感情を伴う)出来事を思い起こしたものを「早期回想」といいます。

 人は、目の前の課題への対処の糸口を、過去の出来事から見出すとアドラー心理学では考えています。その過去の出来事は、実際にあったことでも架空のことでもよいのです。何を取り出すかが重要なのです。何故ならその回想にはその人の「自分はどんな人間か(自己概念)」「周りの人や環境は自分にとってどんなものか(世界像)」「自分は~すべき、~しなければならない(自己理想)」という信念体系が現れます。これに従って人は今(未来)の行動をしているとの考え方です。アドラー派のカウンセリングで感情を聞くのは、それがその信念体系に関わることだからです。それを元に、その人の意識的・無意識的拘りを明確にしていきます。
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カ「そんな思い出があったんですね。それで今のあなたの場合だと、どんな上司でいて欲しいですか?」

 

ク「静かに、穏やかに・・・話してもらえると安心して話せるかなぁ~」

カ「静かに、
穏やかに話してもらえたらいいのですね。」


ク「はい、そうです。」

カ「そうですよね。(突然の)大きい音が怖いのは、私も同じかもしれません。誰だって大きな声を出す人は苦手ですよね。ビックリしちゃうし。」

 

 ・・・クライエントは、また何かを考えている・・・

 

カ「それで、自分の気持ちを伝えるとしたら、どんな風に言いますか?」

ク「大きな声を出すのをやめてください!・・・かなぁ。」

カ「チョット想像してみましょう。あなたが上司に言いたいことを言っている場面です。もしあなたが上司だとして、部下から前触れもなくそう言われたらどんな気持ちになりますか。その申し出に、上司はどんな返事をすると思いますか?」

 

ク「ん~・・・『あ~?いきなり何だ。俺は上司だぞ。批判するのか。部下には仕事をチャンとして貰わなくちゃならない。だから、敢えて厳しくしているんだぞ。』なんて、ますますヒートアップしそうです。」

 

カ「そうなるかもしれませんね。ちょっと批判ぽい感じですね。じゃ、どう言いましょうか。」

 

ク「もう少しヤンワリ言ったら、聴いてくれるかも・・・」

カ「例えば?」

 

ク「『私、大きい声を聞くと、怖くなって何もできなくなってしまうんです。ですから、静かに話してほしいです。』とか『緊張するので、できれば静かに話して貰えませんか?』とか・・・」

カ「そうですね、そんな感じだったら聞いてもらえそうですよね。どうでしょう?言えそうですか?」

ク「う~ん、それぐらいならできるかもしれません。」

 

カ「話を伺っていて、フッと思ったことがあります。いきなり相手へのお願いの前に、普段あなたが思っている上司の肯定できる何かがもし有ったら、それをまず伝えてみるのはどうでしょうか?」

 

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解 釈
 

 相手の肯定的なところへ注目し、それを伝えることを「正の注目」と言います。世の中で「当たり前」と言われることの全ては、その共同体における「適切な行動」です。適切ゆえに当たり前なので、注目されにくいのです。これに例えば「ありがとう」「嬉しい」「助かります」などの肯定的な言葉を伝えることで、相手の存在を認めたことを示すことができます。言われた相手は「役に立てた」「ここは居場所だ」と思い、勇気が湧いてきます。

 その逆が「負の注目」です。相手にネガティブなことや行動をすれば、相手は凹むか反抗し、耐えられなくなると闘争や復讐、引きこもりを誘発してしまいます。いわゆる「勇気くじき」です。

 アドラー心理学では、不適切な行動(≒問題行動)には基本的に負の注目をせず、むしろ「注目しない」という対応をします。この「注目しない」は無視に似ていますが、完全無視ではなく、相手が適切な行動(当たり前の行動)をとった時、適時に「正の注目」をします。これで相手は、その相手(共同体)に対する適切な行動を学ぶのです。

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ク「あっ、それ、いいかも。自分を認めてくれるような言葉を聴いたら『この人は私を分かっている、敵じゃない』って上司は思うと思います。」

 

カ「私もそう思います。それで、実際に大きな声で怒鳴ることは置いといて、上司の肯定的なところというかイイところってなんでしょうか?」

 

ク「そうですねぇ・・・。エネルギーがあって周りを引っ張る雰囲気はあります。エネルギーがある分強い感じもあります。たまにムリしてる感じは見えますけど。それで案外、細かなところに気が付く繊細なところもあるみたいです。この前、湯沸かし室でシンクやコンロ周りを歯ブラシを使って磨いてました。私たち、気が付いてはいたけど仕事のこと優先で、掃除を放っておいちゃったからなぁ。」

 

カ「それで、じゃ、実際に言うとして言えますか? どんな風に言いますか?」

 

ク「どうだろう・・・。言うのはなかなか、ためらうかも・・・だってねぇ、普段怖くてビクビクしてる人にイイ所を言うなんて怖いし、恥ずかしいし。・・・でも、もし言うなら『~部長、いつも私たちを仕事をするように押して頂き、ありがとうございます。もし部長でなかったら、かなりサボり癖が出ているかもしれません。』みたいに言うかな。」

 

・・・再び、クライエントは考え込む・・・

カ「言えないという感じなんですか? 言わないとか?」

 

ク「言えない、のような気がします。」

 

カ「何がそれを止めていると思いますか?」

ク「子どもの時の
父に対してもそうでしたけど・・・『今まで、やったことがないことをやるのは、~』っていう躊躇い(ためらい)のような気がします。何て言うか、うまくいかないの不安だし・・・」


カ「不安なんですね。考えてみましょう。今までと同じ反応(ビクビクして怒りが収まるのを待つ)を繰り返して今までと同じことを繰り返すか、これをキッカケにそれを変えるか、です。どうしたいですか?」

 

ク「やっぱり、変えたいですよ。仕事は好きですし、上司だって悪い人ではないと思うから。良いところも人ってあると思うんです。それを認めないのは、自分も大人でないということだろうし、悲しいし・・・」

 

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解 釈

 ここでは、コンフロンテーション(自分との対決)がされています。今までの自分の信念体系への気づきと、変える勇気を求められているのです。誰でもこの部分は大変苦しく、なかなか踏み出せません。しかし、ここで決めないと別の変化は始まらないし、変わりません。

 「自分で決める」ことがとても重要です。もちろん、決めるに至らないこともあります。そんな時でも、カウンセラーは相手に強制をしません。カウンセラーとしては、正直なところ、ここまで分かってきていて最後の決断をしないクライエントにイラつくことはしばしばあります。しかし、相手の人生ですからカウンセラーの押しは必要ありません。
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カ「じゃ、変えるとしたら何をどうしましょうか?」

 

ク「う~ん・・・。気持ち的に『エイッ!』って、感じかなぁ。跳べなかった跳び箱を『思い切って跳ぶ時のあの感じ』を持つと言うか。」

 

カ「『エイッ!』ていう感じを持つことですね。これって言い換えると『勇気を持つ』ってことのような気がするんです。」

 

ク「勇気ですか・・・。そうかもしれません。」

 

カ「私の想像ですが、あなたの一言で相手との関係が変わってくる可能性は十分あると思います。試してみるだけのことは、凄くあると思うんです。」

ク「そうですよね。やってみようかなぁ・・・やってみます。」

カ「あなたは気づいていないかもしれないけれど、あなたは初対面の私のところにこうして相談に来る勇気があるということ、気がついていますか? 自分の気持ちを率直に話す勇気もあるし。初めてのところで(それも初めての人に)こういう事を話すにはそれなりの『エイッ!』が要りますよ(笑)。なかなか言えるものではないと思いますが。」

ク「そうか・・・私って、案外勇気があるんだ(笑)。」

カ「そうそう、案外ね
(笑)。勇気を出すって難しい事というよりも、使うというか出すタイミングはあるかな。さっき言ってた跳び箱跳ぶときの『エイッ!』って感じ。」


ク「やっぱり『エイッ!』っと、ですか。」

カ「そうそう。それで、その
『エイッ!』っていうの、いつやりますか?

 

ク「う~ん・・・せっかく先が見えてきたんだから、気が変わらないうちに・・・サッサとやっちゃおうかな。スッキリしたいし。2~3日中? 上司の大人しい時を見計らって『エイッ!』ってしちゃいます。で、先生、できるようにこの3日くらい念じていて貰えますか。そうしたらガンバレそうで。

 

カ「勿論、念じていますよ。おやすい御用です。」

 

ク「良かった。」

 

カ「じゃ、頑張ってくださいね。ほかに何か話したいことはありますか?」

 

ク「あ~、いえ、ありません。なんかスッキリしちゃったかな。」

 

カ「そうですか。そう言って頂けて、私も嬉しいです。じゃ、これで終わりにしていいですか?」

 

ク「はい、ありがとうございました。」

 

カ「こちらこそ、色々学ばせて頂きました。ありがとうございました。応援してます。何かあったら、また知らせてくださいね。」

 

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解 釈

 途中で「あなたは初対面の私のところにこうして相談に来る勇気が・・・」というところ、クライエントが勇気を持っていることに気付くようなコメントをしています。アドラー派のカウンセリングでは、初めの段階では話も聴かずに勇気づけのような言葉かけをしません。もし早い段階から勇気づけをすると、クライエントに「何もわかってないのに~」とか「そんな簡単に勇気なんて持てないよ(できないよ)」ということになりかねません。

 あくまで相手のラポール(カウンセラーへの信頼と安心感のある関係)を持てた状態で、且つ、クライエント自身の本質(考え方とか行動のパターン)が話の中で具体的に指摘できるような状況が見え、クライエント自身も自分の考えやこだわりが『自分独特なもの』と気づくようになっていてはじめて、勇気づけの影響が大きくなります。

 場合によって、その人の拘りが「周りとは異である」ことを受け入れるのに苦しまなくてはならない時があります。そんな時、カウンセラーはあれこれと意見することをしません。人は、それぞれの捉え方をすること、それは悪いことではないことに気づいてもらえるように働きかけます。そして、「あなたは一人じゃない。聴いてもらえる人が側に居ます。」というスタンスで向き合います。
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註)この問答の元になっているカウンセリングは「アドラー東北(代表・高橋直子氏)」の事例を参考にして石山が作成しました。高橋代表には、題材を提供して頂いたことに心より感謝申し上げます。